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福岡高等裁判所 平成5年(ネ)780号 判決

福岡県筑後市大字下妻七二九番地の一

控訴人

江崎与曽市

右訴訟代理人弁護士

山口親男

福岡県八女市大字本町二三七番地の一

被控訴人

井上岩夫

右訴訟代理人弁護士

馬奈木昭雄

内田省司

髙橋謙一

主文

原判決中ロ号方法に係る損害賠償請求を棄却した部分を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金二一万円及びこれに対する昭和六一年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

本件控訴中その余の控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人は、原判決別紙物件目録(一)記載のイ号装置説明書及び同説明図記載の円筒型長提灯袋製造装置を自ら製作し、または他の者に製作させてはならない。

3  被控訴人は、前項記載の円筒型長提灯袋製造装置を用いて提灯を製造してはならない。

4  被控訴人は、第2項記載の円筒型長提灯袋製造装置による製品を自ら所持し、または他に譲渡してはならない。

5  被控訴人は、控訴人に対し、金六〇九六万円及び内金二二二三万三〇〇〇円については昭和六一年五月二一日から、内金八五三万六六〇〇円については昭和六三年九月六日から、内金二三五七万四四〇〇円については平成元年一二月二三日から、内金六六一万六〇〇〇円については平成二年二月七日からいずれも支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

6  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

7  仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示中、本訴事件に関する部分と同一(ただし、原判決八枚目表七行目の「支脚1」を「支脚2」と改める。)であるから、これを引用する(なお、当審の審判の範囲は、本訴事件のうちの、イ号装置に係る特許権侵害行為差止請求と、イ号装置及びロ号方法に係る損害賠償請求である。)。

(当審における当事者双方の主張)

一  控訴人

被控訴人がロ号方法による提灯製造により本件第二特許権を侵害したことは明らかであるから、被控訴人は、不法行為に基づく損害賠償又は不当利得として、特許法一〇二条二項に定める実施料相当額を支払うべきである。右実施料相当額は、被控訴人がロ号方法による提灯製造によって取得した利益額に、実施料率を乗じて算定すべきところ、右利益額は次の1、2の合計額一億〇〇五〇万円である。

1 ビニール丸提灯 四九二〇万円

ビニール丸提灯の販売価格は平均して一個あたり四〇〇円であって、利益額は一〇〇円である。ロ号方法を実施する提灯乾燥装置は手張りの三倍の能率があるから、職人一人あたり一日三〇個を製造することができ、一か月では二五日稼働で七五〇個を製造することができる。被控訴人は常時四人にビニール丸提灯を製造させていたので、月産三〇〇〇個となり、昭和五四年一月から平成四年八月までの一六四か月では四九万二〇〇〇個となる。したがって、その総売上金額は一億九六八〇万円となり、利益額は四九二〇万円となる。

2 長提灯 五一三〇万円

長提灯は、被控訴人が提灯業者から提灯紙の提供を受けて製造を委託されるもので、委託代金から経費(工賃、提灯骨の代金、内側(ボール紙を円筒にしたもの)の代金、糊の代金、電気代、灯油代、運搬費、諸経費)を差し引いたものが利益となる。利益額は平均して長提灯一個あたり六〇円強である。前記提灯乾燥装置一台に職人三名で一日あたり一五〇個を製造でき、一か月では二五日稼働で三七五〇個を製造することができる。被控訴人は右乾燥装置の少なくとも二台を職人三名で使用していたから、月産七五〇〇個となり、昭和五八年三月から平成四年八月までの一一四か月では八五万五〇〇〇個となる。したがって、利益額は五一三〇万円となる。

二  被控訴人

1 控訴人の右主張1、2は否認する。

2 仮に被控訴人に一定の利益が存したとしても、第二発明は、提灯の乾燥が能率的に行えるということであって、これを実施しなければ製造できないというものではないから(被控訴人は、乾燥を早めるために熱を加える方法として、電気ドライヤーを単価五〇〇〇円以下で数個買い求めているし、冬期になると長提灯には熱量が不足するので、プロパンガスの火口を二〇〇〇円位で買い求めて長提灯を乾燥させている。)、提灯の売上利益をもって第二発明の実施によって得た利益と評価することはできない。

第三  証拠

証拠の関係は、原審及び当審記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  争いのない事実、イ号装置が第一発明の技術的範囲に属するか否か、ロ号方法が第二発明の技術的範囲に属するか否か、第二発明の先使用権の有無については、次のとおり付加訂正するほか、原判決の理由中、第一の一ないし四に記載するところと同一であるから、これを引用する。

1  原判決二二枚目裏一行目の「(五)」を「3」と改める。

2  同二三枚目裏一行目の「認められ」から末行までを「認められる。そして、ある発明が、ある特許発明に対して新規性ないし進歩性があるかどうかと、その技術的範囲に属するかどうかとは区別して考えるべきであって、前記1のとおり、イ号装置は第一発明の構成要件を充足しない以上、イ号装置に新規性ないし進歩性がないことをもって、これを根拠に、イ号装置が第一発明の技術的範囲に属するということはできない。」と改める。

3  同二四枚目表一行目の「3」を「4」と改める。

4  同二六枚目裏四行目と一〇行目の各「被告本人」の後にそれぞれ「(第一、二回)」を加える。

第二  本件第二特許権の侵害による損害額について

一  控訴人は、特許法一〇二条一項に基づき、被控訴人がロ号方法による提灯製造によって取得した利益額をもって、損害額と主張する。

1  証拠(甲第五五号証、原審証人入江哲也の証言、原審(第二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、福岡県筑後市大字長浜に所在する二階建の工場(以下「長浜工場」という。)と、右工場内の本件第一特許権に係る円筒型長提灯袋製造装置(以下「本件提灯袋製造装置」という。)及び本件第二特許権に係る提灯乾燥器(以下「本件提灯乾燥器」という。)各七台とを、昭和五四年三月ころから、樽見俊雄商店、入江哲也、井上産業に、順次、賃貸していたこと、控訴人は、長浜工場で提灯製造の操業を行っていた右各賃借人からは、その利益額とは関係なく定額の賃料を受領するのみで、自らは、本件各特許発明を実施していなかったことが認められる。

2  右事実によると、控訴人は本件各特許発明を実施していないのであるから、被控訴人がこれを侵害して提灯の製造販売を行ったとしても、控訴人が営業を妨害されて得べかりし利益を失うという関係にはないばかりか、他に、控訴人について右侵害による損害が発生したことを認めるに足りる証拠はない。ところで、特許法一〇二条一項は、損害の額を推定するものの、損害の発生を推定する規定ではないから、右損害の発生が認められない以上、そもそも、同条項を適用する余地はなく、控訴人主張の前記利益額をもって控訴人の損害額と推定することはできない。

二  控訴人は、当審において、特許法一〇二条二項に基づき、第二発明の実施料相当額(特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額)をもって、損害額と主張する。

1  証拠(甲第四〇号証の二、第五五号証、乙第一号証の一、第二号証の三、第三、第一二号証、第二三号証の一、二、原審証人平田豊彦、同山下定次、同入江哲也及び同池田しのぶの各証言、原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人本人尋問の結果、原審における検証の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 控訴人は、前記一の1のとおり、長浜工場を、本件提灯袋製造装置及び本件提灯乾燥器各七台付きで賃貸してきていて、賃料の名目で、賃借人が、樽見俊雄商店のときは一か月一四万円を、入江哲也のときは一か月一〇万円をそれぞれ受け取り、現在の賃借人井上産業からは一か月一二万円の支払を得ているが、貸主、借主ともに右各賃料には家賃及び機械の賃貸料のほかに各特許発明の実施料が含まれているとの認識であり、特に控訴人においては、右各賃料のうち一万円が本件提灯袋製造装置及び本件提灯乾燥器各一台分の実施料と考えていた。また、控訴人は、本件提灯袋製造装置及び本件提灯乾燥器の販売も行っており、その売価は、本件提灯袋製造装置一台が四〇万円、本件提灯乾燥器一台が七万円であった。

(二) 被控訴人は、「まるい造花」という屋号で、主に造花の製造を業としていたが、右造花の製造に加えて、遅くとも昭和五四年一月からはビニール丸提灯の製造を始め、ついで、遅くとも昭和五八年三月からはイ号装置一台で長提灯袋の製造を始め、遅くとも同年一一月にはイ号装置を二台に増やした。被控訴人は、右各製造の開始に伴って、ロ号方法実施のための電源装置を設置し、提灯乾燥のため、少なくとも、ビニール丸提灯の製造につき右電源装置一台を使用し、イ号装置による長提灯袋の製造にはイ号装置一台につき右電源装置一台を使用していた。そして、右各電源装置を使用した提灯の乾燥は、少なくとも、原審において検証の実施された昭和六〇年四月までは続けられていた。

2  右事実に基づいて検討する。

(一) 実施料相当額

控訴人は本件各特許権につき通常実施権を設定しており、その実施料の額は、本件提灯袋製造装置及び本件提灯乾燥器各一台について、一か月一万円と認められる。そして、控訴人が本件提灯袋製造装置一台を四〇万円で、本件提灯乾燥器一台を七万円でそれぞれ売却していることに鑑みると、控訴人は、第二発明の実施料の額として、右実施料額一万円の四〇分の七である一七五〇円をもって、本件提灯乾燥器一台の一か月分の実施料額と定めているものと認められる。右金額は、これが提灯の製造業者である前記各賃借人の間で一般に容認されていたことや、本件第二特許権に係る第二発明が甲第二号証の二(特許公報)に記載される作用効果を有することなど諸般の事情に照らすと、客観的にも相当なものということができる。したがって、右金額をもって、特許法一〇二条二項に基づく第二発明の実施料相当額と認めるのが相当である。

控訴人は、実施料相当額は、被控訴人がロ号方法による提灯製造によって取得した利益額に、実施料率を乗じて算定すべき旨を主張し、右利益額を立証するため、書証として、甲第四九号証の三(甲第五七号証と同じもの)及び第五五号証を提出する。しかし、控訴人主張の販売数量は控訴人が想定したにすぎないものであるし、右書証は、前記侵害期間の控訴人よる販売数量を認定する資料として十分ではなく、右利益額を確定することは困難である。そればかりでなく、そもそも、前記のとおり、控訴人が第二発明の実施料を製品の販売数量ないし利益額によらず、本件提灯乾燥器一台ごとの定額としていることに照らすと、本件において、控訴人主張の算定方法を適用するのは相当でないというべきである。

(二) 損害額

被控訴人は、〈1〉昭和五四年一月から昭和五八年二月までの五〇か月間は前記電源装置一台で、〈2〉同年三月から同年一〇月までの八か月間は前記電源装置二台で、〈3〉同年一一月から昭和六〇年四月までの一八か月間は前記電源装置三台で、いずれも提灯の乾燥を行っていたのであるから、右電源装置の台数に見合う本件提灯乾燥器を使用し、もって本件第二特許権を侵害したものとして、不法行為責任を負う。そして、特許法一〇二条二項は右侵害があった場合に損害の発生と相当因果関係の存在を擬制するものであるから、被控訴人には前認定の実施料相当額を賠償すべき義務があることになる。そこで、実施料相当額に基づいて損害額を算定すると、実施料相当額は、〈1〉の期間につき八万七五〇〇円(一七五〇円に五〇か月を乗じた金額)、〈2〉の期間につき二万八〇〇〇円(一七五〇円に八か月を乗じた金額)、〈3〉の期間につき九万四五〇〇円(一七五〇円に一八か月を乗じた金額)で、その合計額は二一万円となるから、これが被控訴人が右不法行為によって控訴人に賠償すべき損害額と認められる(なお、控訴人は選択的に不当利得返還請求権に基づいて実施料相当額の支払を求めるが、被控訴人の利得額もまた右の損害額と同額となることはもちろんである。)。

第三  結論

よって、当審での審判の範囲において、控訴人の本訴請求は、ロ号方法に係る損害賠償請求のうち損害金二一万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六一年五月二一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余は失当として棄却すべきであるから、原判決中右の損害賠償請求を棄却した部分を本判決主文のとおり変更し、本件控訴中その余の控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋元隆男 裁判官 池谷泉 裁判官 川久保政德)

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